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【教育学部大学生必見】教師になって「形」よりも「質」を大事にしようと思った理由

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目次

「形」よりも「質」を大事にすること

自分が大学生だったのが1年前と考えると、時が経つのは早いですね。

まだ、気持ちは大学生のままなんですが(笑)

 

ということで、私が小学校教師になってから1年間が経ちました。

1年経って、今回のタイトルにもある通り、

 

「形」よりも「質」を大事にすること

 

が教師という仕事は大切だなと感じたので、そう思った理由をまとめてみようと思いました。

(もちろん、教師という仕事だけでなく、全ての仕事において「質」や「緻密さ」というものは大事なような気がしていますが…)

 

大学生時代の私

大学時代の私は、教育学部に所属していました。

 

その大学では、子どもが約100人、大学生が約50人の教育活動をする団体に所属していました。

 

それに、バイトは、学童・塾といったように大学時代は「教育」関係のことをたくさんしていました。

 

他にも、小学校と中学校の2度の教育実習に、学校ボランティア。

 

様々なところでキャンプスタッフとして、30回以上、子どもたちとのキャンプもしました。

 

だから、大学時代には、多くの子どもたちと関わっていたんです。

ということは、様々な「教育者」とも多く関わっていたわけです。

 

大学生までは、その「教育者」と呼ばれるプロの方の仕事ぶりのかっこいい「形」の部分に目がいっていたように思います。

 

例) 

教師・・・かっこいい授業をする人

 

みたいな感じで自分もかっこいい教師になりたいって思っていました。

(これは教師だけでなく、一般の仕事に関してもそうかもしれません。かっこいいとか憧れとか、そういうことに目がいきますよね)

 

小学校教師になっての私

先述しましたが、大学生までの自分は、かっこよさに目がいっていたと感じています。

 

実際に教師になってからは、授業の見方はかなり変化しました。

 

それは、「自分が教師として授業する」「自分がクラスを作っていく」

という目線で見るということです。

そうなると、考え方も変化していったんです。

 

大学時代は、授業のかっこいい尊敬できる先生の授業に関しては、「めっちゃすごいな」と思い、メモをしていました。

 

逆に、「たいしたことないな」と思う先生には、「自分だったらこうするな」とか「ここが改善点だな」とか生意気にメモしていました。

(今思うと本当に恥ずかしいことですが…)

 

 しかし、今思うのは、

「子どもたちにとってどうだったか?」

ということです。

 

かっこいい授業でも、それは本当に子どもたちにとってよかったのでしょうか?

その視点でもっとしっかり分析するべきだと今は思っています。

 

たとえ、かっこよくない、ありきたりな授業だとしても、子どもにとっての学びが深かったり、子どもがいきいきとしていたら、それは教師として本当の「かっこいい」仕事をしていると私は思っています。

  

形にこだわりすぎると、本当に大事な部分を見逃してしまう可能性があるんですよね。

自分の型に酔いしれてしまうというか。

 

実は、1年目の最初の私がそうだったんです。

 

大学生から小学校教師に成り立ての私は、授業の上手な先生の「形」のいい部分ばかりを真似して、子どもをしっかりと見ていませんでした。

 

授業の回し方などの「形」にこだわり、子どもたちのためにどうかという「質」の部分が疎かになっていることに気づいたんです。

 

だから、私は、本当に大事なことが何なのか?という「質」の部分を忘れずに、「形」を使いこなせるようにしていこうと意識しています。 

 

おわりに

実際に、小学校の教師になってみると、見えてくる世界は大学生の頃思い描いていたものと異なるところは多々あると思っています。

 

理想として描いていた部分に届きそうかなって思えるところも十分にあります。

 

子どもたちが自主的に学べるように…

子どもたちが笑顔になるように…

学習が楽しいって思えるように…

 

なんていう理想はいっぱいあると思います。

私もまだまだ若いのでそんな思いはまだいっぱいあります。

 

でも、その思いを大事にするからこそ、

「形」にこだわるのではなく「質」を大事にすることが大切なのではないでしょうか?

 

私の現場で言うなら、その実践が本当に子どもたちのためになっているか、そのことを常に自問自答していきたいと思っています。